ふなばし動物医療センター かつまペットクリニック

KATSUMA PET CLINIC

前十字靱帯断裂についてお話します

前十字(ぜんじゅうじ)靱帯断裂は、膝蓋骨脱臼と並んで犬に多く見られる膝関節疾患のひとつです。
前十字靱帯断裂は、人の場合はスポーツ中に起こりやすい膝の外傷と言えますが、犬の場合は肥満による関節への負荷や加齢による靭帯組織の脆弱化が主な原因と言われ、日常生活での軽微な運動がダメージの蓄積につながって発症したり、体質によるものがほとんどです。

犬の前十字靱帯断裂のほとんどは慢性断裂

前十字靱帯断裂は、ゆっくりと変性が進行していく「慢性」断裂と、急激な運動や衝撃など外的負荷が加わることで発症する「急性」断裂に大別されます。
慢性断裂は、遺伝的・免疫学的・形態学的な要因、さらに加齢により靱帯が変性して安定性が失われていく中で何らかの外的ストレスを受けることで断裂に至るケースが多く、犬の前十字靱帯断裂のほとんどはこのタイプになります。
一方、急性断裂は、フリスビーなどジャンプや急ターンを伴う激しい運動や交通事故等で突発的に損傷・断裂が起きるケースですが、運動量の多い若齢犬を除いてこのタイプでの発症は稀です。
前十字靱帯断裂は犬種を問わず発症しますが、膝への負荷がより大きくなりやすい大型犬や超大型犬に好発傾向が見られるほか、小型犬の膝蓋骨内方脱臼に続発する傾向も多く見られます。
また、糖尿病や副腎皮質機能亢進症などの基礎疾患を抱えた犬でもなりやすいと言われています。
基礎知識①
前十字靱帯とは
大腿骨と脛骨を繋ぎ留め、関節を安定させて屈伸運動をスムーズにしている4つの靱帯のひとつです。前十字靱帯は、関節内部〜大腿骨と脛骨が接する面〜において後十字(こうじゅうじ)靱帯と文字通り交差する位置関係にあり、互いにねじりあいながら関節可動域を保ち、屈伸の安定を支えています。
膝関節:4つの靱帯が前後左右の動きに制限をかけ、グラつきを抑えた安定的な屈伸運動を可能に。
  • 前十字 〜脛骨が前に滑り出すのを防ぐ
  • 後十字 〜脛骨が後ろに引き込まれるのを防ぐ
  • 内側側副 〜膝が内側に入り過ぎるのを防ぐ
  • 外側側副 〜膝が外側に動き過ぎるのを防ぐ

前十字靱帯が断裂するとこんな症状が現れます

前十字靱帯が部分的あるいは完全に断裂すると、膝関節に炎症や痛みが生じると共に、支えを失った脛骨が前方に滑り出る状態になり、グラついて体重をかけられなくなります。そのため断裂した方の後ろ肢をかばうような歩き方をすることになり、跛行(はこう=正常な歩き方ができない状態)が見られるようになります。
跛行の程度は断裂の程度によって変わってきます。靱帯は一度切れると再生することはないため、部分断裂であってもやがて完全断裂に至ったり、関節炎や変形性骨関節症を併発するなど進行や悪化が避けられません。大腿骨と脛骨が擦れ合うことで半月板損傷を併発することもあります。
こんな症状に気づいたら様子を見ずに早めの受診を
  • 何となく歩き方がおかしい、後ろ肢で踏ん張れていない
  • 片方の後ろ肢の膝のあたりが腫れているような気がする
  • 片方の後ろ肢だけ外(内)側につくように歩く、引きずる
  • ある日突然おかしな歩き方をして痛そうにしていたが数日で痛そうではなくなった
  • 散歩の時、なめらかに動き出せない、歩き出すまでに時間がかかる
  • 片方の後ろ肢だけ横に流すような左右非対称の座り方をする
  • 歩く時に後ろ肢だけケンケンをすることがある
  • 歩く時は片方の後ろ肢を地面に着かないよう常に浮かせている
基礎知識②
前十字靱帯と半月板
半月板とは大腿骨と脛骨の間でクッションの役割を果たしている軟骨組織のことです。半月板には神経や血管が通っているため、損傷すると強烈な痛みを伴います。半月板の損傷を伴うと、膝の屈曲時にコリっと音が鳴ることがあり、クリック音と呼ばれています。損傷がある場合には、手術により、損傷部位を取り除く必要があります。

前十字靱帯断裂の「診断」について

前十字靱帯断裂が確定診断に至るまでの流れは次の通りです。
問診
気になる症状について飼い主様から詳しくお話をうかがいます。
歩様テスト、お座りテスト
跛行の程度や、お座りをした時に後ろ肢の足先が外を向いていないか、かかとがお尻についているか等をチェックします。
整形外科学的検査
膝関節の腫れがないか、筋肉が痩せていないか、曲げ伸ばしで痛がらないか、異音がしないか、関節液の貯留がないか等、触診でチェックをしてから下記検査を行います。
  • 脛骨前方引き出しテスト(Cranial drawer test)
    膝関節の角度を変えながら大腿骨と脛骨に前後の圧をかけて触診することで、軽微な膝関節の不安定性を検出するテストです。
  • 脛骨圧迫テスト(Tibial compression test)
    膝関節を90度に曲げた状態で、足首を曲げることにより、脛骨が前方に変位するか確認する検査です。
画像検査
膝関節をレントゲン撮影することで、目視では確認できない関節内部の様子を評価します。脛骨の前方変位や関節液の増量等の兆候から部分断裂か完全断裂かを判断します。
関節鏡検査
上記検査で診断がつかない場合や、確定診断の為に行います。前十字靱帯断裂の部分断裂は関節鏡検査でなければ診断がつかない場合があります。また、半月板損傷の有無も関節鏡で行います。
関節鏡検査は関節を切開することなく(低侵襲)、内視鏡で関節内を見ることができる検査です。鮮明な拡大映像を見ながら探査できるため、正確に構造確認ができます。
※症状の似た他の膝関節疾患と鑑別するためには、関節液の量や粘性、成分などを評価する「関節液検査」も有用です。
観察用内視鏡であるスコープ(光学視管)を挿入し、関節の内部を照らしてプローブで触知・探査します。
確定診断
全ての検査結果を勘案し、総合的に判断して確定診断を行います。飼い主様には症例についてくわしく説明し、治療法を提示します。
前十字靱帯断裂の治療法には内科的・保存的治療法と外科的治療法(手術)があり、程度によっては痛み止めやサプリメント、体重管理で様子を見る場合もありますが、自然治癒するものではないので、基本的には外科手術が必要となります。
治療
前十字靱帯断裂の外科手術には、関節外・内固定法(術)と機能的安定化術があります。
機能的安定化術は、特殊なインプラントで膝の構造を再構築し、力学的に安定化させるというコンセプトに基づく新しい手術法で、獣医療先進国である欧米において近年の前十字靱帯断裂手術の主流となっています。また、従来の手術法に比べ、術後の機能回復が早いというメリットがあります。
当院では基本的に2つの機能的安定化術[TTA(脛骨粗面前進化術)、TPLO(脛骨高平部水平化術)]を実施しており、脛骨の変位(角度)等に応じていずれかを選択しています。
機能的安定化術
手術名称 適応 利点・欠点
脛骨にインプラントを埋め
膝関節を安定化
TTA 脛骨粗面前進化術
膝蓋骨脱臼を伴う場合
小型・中型・大型犬に適応(2〜50kg以上迄)
○膝関節を力学的に安定化することができる
○TPLOと比較して骨切りダメージが少ないので術後回復が早い
○膝蓋骨脱臼があれば、TTT(脛骨粗面転移術)が同時に行える
△特殊な器具と高度な専門技術を要する
脛骨上端を水平化させ
角度矯正で安定化
TPLO 
脛骨高平部水平化術
脛骨の前方変位が激しい場合
小型・中型・大型犬に適応(2〜50kg以上迄)
○膝関節を力学的に安定化することができる
○米国を中心として世界で支持されている成績の良い治療法である
○術後の回復が良好である
△特殊な器具と高度な専門技術を要する

Q&A

前十字靱帯断裂について、飼い主様からよくいただく質問をご紹介いたします。
前十字靱帯断裂は、いずれ反対の足でも発症すると聞きましたが本当ですか?
犬の前十字靱帯断裂は日常生活での負荷が蓄積して引き起こす慢性断裂がほとんどであるため、最初は片方でも、数年以内にもう片方も発症するケースが半数近くあると言われています。
早期に治療せず放置したまま慢性化するとその割合はさらに高まり、半月板の損傷など重症化の確率も高まります。
新しい手術法ということですが、技術的に確立されているのでしょうか?
TTAやTPLO(機能的安定化術)は特殊な器具や高度な技術を必要とする術式であるため、理論の講義や実習など海外・国内研修を修了して認定資格を取得することが施術の条件となっています。整形外科に力を入れている当院では、早い時期からTTAやTPLOに積極的に取り組み、手術実績を積んで手技にも習熟しておりますのでどうぞご安心ください。
術後の回復はどのようになりますか? 特別なリハビリは必要ですか?
通常、手術の翌日に退院していただいた後は、4週目まで週1回のペースで通院していただく形になります(抜糸は2週間後)。以降はそれぞれの症例に応じて定期検診を行なっています。当院では4週目までは術後の治癒促進や痛みの緩和目的でレーザー治療を診察時に行なっています。特別なリハビリは基本的には行なっておりませんが、必要と判断した場合はその都度、その子にあったリハビリをご紹介させていただいております。
前十字靱帯断裂は、日常生活の中で膝関節へのダメージを少しでも減らしてあげることが予防や発症を遅らせることにつながります。
体重管理や生活環境(フローリングなど滑りやすい床環境の改善など)に配慮すると共に、跛行のサインが見られたら様子を見ずにすぐ受診してください。